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今何してる?

U.Zのネット版日記

誰がために

今回もまた3冊の本を借りていきました。

流石にそろそろ読書するのにも慣れてきましたね。それでも眠くなる時はやっぱり眠いけど・・・(-_-;)

 

一冊目は、中学生の青春もの。

あの「バッテリー」で有名な「あさのあつこ」さん著の一冊でした。

俺も中学の時少しの間だけ進研ゼミをやっていたのだが、ぶっちゃけその中に掲載されてた「あさのあつこ」の短編小説を読むのが一番の楽しみでしたw

っていうそんな思いでがあったので、今回は「あさのあつこ」という文字が目に入った時、ついそれを手にとってしまい勢いで読んでいました(*'▽')

 

流石に児童文学をたくさん書いている方だけあって、心情の描き方がウマスギル。

男女2人ずつの4人の主人公だったのに、その4人全員に共感できるところがあって読んでいる時ドキドキしちゃったね。中学の時の気持ちを思い出しまくり。若返る様で楽しかった(^-^)

 

 

二冊目は、東北の大震災 3.11の話(ノンフィクション)

当時話題になって教科書にまで取り上げられた「避難の呼びかけを最後までしていて、そのまま亡くなってしまった女性」その人の母親が書いた本でした。

本の内容は地震が起きた2011年から2014の間の出来事の話で、3年の間に福島で何が起きていたのかが書いてありました。

 

読んでいる間ずっと胸が痛かったです。同じ日本に住んでいたのに、同じ地震を味わったはずなのに、

当たり前と言えばそうですが、自分が体験したことと何一つ同じじゃないことしか書いていなかったので、恐怖しました。

自分が今飄々と生きていることに違和感すら覚える様な・・・

自分が死ぬ可能性も十分あり得たんじゃないかって、そう思えて・・・

 

あの日、日本は変わった。

 

具体的に何がなのかは俺なんかには分からないけど、きっとそうなんだと思う。

でも自分の周りではもう記憶から薄れ始めている人がたくさんで、正直自分もその一人。

でもこの本を読んで改めて知った。

当事者はまだ戦っている

3月11日が来れば嫌でも思い出す。当然だと思う。忘れられる訳がないと思う。

色んなものを失くして、色んなものを背負って、色んなものと葛藤して、

それだけの経験が記憶から消えるなんてあり得ないことだと思います。

 

だからやっぱり、第三者である自分たちも忘れちゃいけないんだって改めて感じました。

そして世代を超えて、しっかり伝えていくことが自分たちの使命なのかもしれない。

今生きている自分たちは、

生き残ったのではなく生かされたのだ

そう考える方がしっくりくると感じました。

 

 

三冊目は、白血病の話(ノンフィクション)

ドラマ・映画等に題材として扱われることが多く、難病(癌)としてはトップクラスに知名度の高い病気だと思います。

理由としてはやはり、「治療法が極めて難しく、それ以上に長くて辛い」ということらしいです。

場合によっては何年間も入院していて、それでも治らずに死んでしまうこともあって、治療費やその他諸々家族泣かせというところも恐ろしい病です。

 

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この本には二人の主人公がいて、一人目が著者で二人目が上に画像で貼った本の作者

カメラマンの「遠藤俊介」という方でした。

二人は部署が違うので面識こそなかったが同じ会社に勤めていて、偶然近い日に二人とも白血病になってしまったらしく、そこで互いのことを知ったとのことでした。

 

一言で白血病と言っても、白血病の中には幾つものタイプが存在するらしく、タイプの違いで生還率や治療方法まで全然違うとのこと。

二人のタイプは全く異なるもので、著者の生還率も絶望的だったのに「遠藤」さんはそれ以上。

結局遠藤さんはお亡くなりになり、著者は退院後「遠藤」さんの分も生きると、その様に書かれてありました。

 

抗がん剤」「無菌室」「ドナーと生着」

名前だけ知っていて、辛いんだと分かっていても、所詮それは分かったつもりでいるだけで何も分かってなどいません。

体で経験した人以外に、その辛さが分かるなんてことはあり得ないんです。

 

自分も手術で入院の経験があります。

その際に隣のベッドに寝ていた、当時自分と同い年だった子が白血病でした。

治療の方も順調そうで、無菌室に入ったりしている場面には遭遇しませんでした。

でも、一目見るだけで同じ病室に寝ていた自分より悪いんだということは分かってしまうんです。

その後彼がどうなったのかは知りません。あの調子ならおそらく退院出来たのだと思います。

けれど白血病は癌です。完治という言葉は、やはり無いようです。

再発の可能性は死ぬまで残ってしまうらしく、退院後時間が経てば経つほど確率が低くなるだけでゼロにはならないとのことでした。

 

 

理不尽に失われていく命。知れば知るほど感じるものがあります。でもそこで一番忘れちゃいけないのが、

己の生とは他の死で成り立っている

ということだと思います。

それは人だけとは限りません。食べ物になっている動物や植物もそうだと思います。

 

こうして今思ったことを文字におこしてみて、やっぱり分からなくなってきました。

「自分はどーして生きているんだろう」

 

その答えを教えてくれるのは、

自分の中に眠るものか? それとも他の存在か?

とにかく死ぬまでは生きてみるしかない。そう思いました。

 

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3.11で亡くなった方々、そして「遠藤」さん

御冥福お祈りします。

このU.Z、与えられた命を背一杯生き抜こうと思います。