今何してる?

U.Zのネット版日記

見る眼を持つ者

自分ではちゃんと見てるつもりでも、イメージの中で見たもののまま再現する力が俺には全然ない。そしてそれを持つ者が俺の周りにはたくさんいて、プロの世界にはその力を持っていても入れないというのが現状。プロの世界とはそうゆー世界なのか。

「持つ者と持たざる者」という言葉を聞いたことがある。俺は明らかに後者だ。では持つ者すら絶対でないプロの世界へ行くに、俺はその前提? 条件? それ等を何もクリアしてないからあきらめるしかないのか。

では俺があきらめたと仮定してみようか。俺に何が残る。勉強は疎かにしてた。今からもう勉強しようと思うことができても身につく気がしない。友達がいない訳じゃない。でも深入りはしてこなかった。誰とでも接せるけど、誰ともくっつけない。学校以外の時間はここ5年近く、趣味も遊びもプロを目指すそのことにだけに時間を使ってきた。

それが俺だ。これこそが俺なんだ。俺から未来の目標が奪われたたら、俺には何も残らない。何も残すことができない。何もすることができない。現実とはこれが現実。漫画やアニメよりも現実は現実なんだ(自分で書いてて意味わからん)

これだけ読むと俺ってば、うつ病だな。けど俺は別に希望まで捨てた訳じゃあない。プロとは即ち「それで食ってく人のこと」だ。別に天才である必要はない。と、自分に言い聞かせている。実際俺は天才のプロを目指して頑張ってる訳で元も子もないが。

今日はそんな「プロ」のミュージカルの公演を観に行った。やはりプロの作品に触れるということは、こう何か身に沁みるものがある。

題材は、あの有名な歌人の生涯をミュージカルにしたものだった。本当にその世界に引き込まれると、人は時を渡るようだ。自分は何もしていないのに気づいたら2時間後にタイムワープをしていたのだ。だがはっきりと「観た」という記憶はある。だがどう考えてもその観ていた時間が2時間に値しないのだ。それが錯覚ではなく真実なのだと錯覚させられたのだ。

そう、俺は「観た(見た)」のだ。そして感じたのだ。だが、だからそれがなんなのだ。やはり俺にはその見て感じたものを何かにすることが現在の力ではできない。できてもここにこうやって文字に起こすことくらいだ。俺が表現したいのはこれじゃない。

見たそれがどんなに素晴らしいものだったとしても、自分の人生のいつか、どこかでそれが発揮できなければ、見てたその時間はただ時間を浪費しただけのことになってしまう。人に飛んだ、もとい過ぎた時を取り戻す術はない。ドラ〇もんでもいないかぎり。俺はどうしてもそれがやるせない。

誰かが死んで、死んだそいつが現世にいた間にしてきた勉強・運動・部活・仕事・対人関係・恋愛・子育て・趣味・日々の生活その他もろもろ全てに努力してきたはずのその証はどこに残る。他の誰でもない自分しか、自分が生きてた間にしてきた努力の全てを知る者はいないんだ。本当の自分は例え家族といえど全部知れる道理がないんだ。自分以外は結局全員他人でしかないんだ。

けど、それでも俺はそんな他人に自分を知ってもらいたい。自分が努力した証をこの世に残したい。それがやっぱりプロになって作品を作ることなんだと思う。「才能なんかなくたって。」俺にその先の言葉を言える日がくるだろうか。

過ぎたことは変えられなくても、先のことは自分に選択権がある。いや、一概にそうとも言えないか。俺がただそういう環境に生きてるだけかもしれない。でもだからこそ自分の未来を自分で決められる自分が、求めてた未来を真実にしなくてはいけない気がする。

いつか自分の見てきたものを、俺は必ず何かの形とさせる。させている。それが俺の導き出した未来だ。