今何してる?

U.Zのネット版日記

歴史があるから今がある。

自分は本や映画が嫌いだ。というか漫画以外の娯楽という娯楽全てに、存在を知っていても目を向けようとしなかった。漫画を読むことが好きすぎて他のことに時間を割くのがなんとなく歯痒く感じていたのだ。

しかし持ち込みをした時、編集の人にこんなことを言われた。

「台詞の力が弱い」と。人気漫画家のほとんどはたくさんの作品を見てその作品を見た後で感じたことなどをメモして自分の中で台詞の力を高めていくらしい。「ここでこういう台詞をいえたらカッコイイ」などといったことだ。

「色んな作品に触れろ」そうやって編集の人に言われて初めて、今までの自分が愚かだったとはっきり気づかされた。これは前にも言ったことがある気がするが。

早速持ち込みをした日より読み始めた小説を一つ読み終えた。夏休みの宿題以外で本を自主的に読んだのは恥ずかしながら初めてであった。

タイトルはあえて伏せるが、池波正太郎という文豪が戦国時代のとある剣豪の生き様を書いた物語であった。

自分がうごメモで描いていた「ドールマン」という作品でも、最後外伝的な話で戦国時代が舞台の話を描いていた。実在した柳生一族の中にフィクションの人物を一人設けてその人物を中心としたフィクションの話であった。

フィクションとはいっても、何もかも知らない状態で描くのでは忍びなさすぎと感じたので、自分なりに柳生一族の歴史を付け焼刃で勉強し描きあげたのだ。元々自分は「刀」というものが好きだったので、柳生新陰流のことを調べるのが楽しかったのは良く覚えている。

少し話がそれた。話を戻そう。今回読んだその小説の主人公がなんと、柳生新陰流の創立者である柳生石舟斎宗厳の師、上泉伊勢守信綱その男であったのだ。

元々存在した陰流を独自に進化させた新陰流。それを石舟斎に継がせたことが書き記されていた。(その当時の石舟斎は柳生但馬守宗厳であったが)

少し難しい部分もあり読むのが辛いと思ったところもあったが、読書は続けていけば慣れるだろう。それに戦国の話は先ほども書いたように好きなので入りやすかった。初めに読んで正解だったと思う。

それに知った。小説でも、いや小説だからこそだろうか。ある一つのシーンが漫画以上のクオリティで映像化され脳内再生することを。

小説にもおそらく漫画と同じようにあたりはずれがあるだろう。おそらくではなく、むしろ娯楽なんて見る人で感じることが違ってあたりまえだから当然といえるか。

しかし自分は今回明らかにあたりを読んだと感じている。流石は文豪、池波正太郎はすばらしいセンスの持ち主であったということであろう。自分の目指す道とは違う道に進んだ人とはいえ素直に尊敬したい。

これからも好き嫌いせず、時間を見つけてはたくさんの作品に触れ自分のセンスを磨くとしようじゃないか。

日本の漫画界は今や戦国時代と言えるだろう。殺される訳ではないのでそこは当時と違うが、みんな命がけという点では同じと言えよう。

自分もいつかそこにカチコミしていき、歴史を変えてやる何かをしてやりたいものだ。やってみせよーじゃないか。ヤ〇ザじゃないけど。

言うは易し。なんて言わせねーよ(^-^)